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違和感を吐き出せるように

おかしいな、と思うことを口にすると周りから煙たがれるので。

社会人ってなんなんだろうね?

前の記事で"社会人"って書いた瞬間にいきなり「なんだそれ・・・?」って思って(笑)をつけちゃったんだけど、今まで普通に使ってたこの社会人って言葉はどういう意味なんだろうね。

 

社会人(しゃかいじん)は、社会に参加し、その中で自身の役割を担い生きるのことである。一般的には学生は除外される。 日本語以外の諸外国語では日本で言うところの“社会人”をさす言葉はほとんど見られない。たとえば英語では労働者(worker)や成人(adult)、市民(citizen)という単語はあるが、日本語の”社会人”にあたる単語・表現はない。

社会人 - Wikipedia

 

Wikipediaさんには書いてある。

まあ、大体今まで自分が意図して使ってたとおりの意味ではある。

 

 

今まで思っていた社会人の意味。

会社等に勤めている人や自営業の人で経済的に自立し、社会のルールを守ることができる人。

 

これが大体自分が今まで思っていた"社会人"という言葉の意味だろう。

当然学生は含まれておらず、フリーターは半社会人ぐらいという感覚も持っていたと思う。

 

そして、自分が今まで何気なく使ってきた"社会人"という言葉に違和感を覚えたのはその言葉の中に自分が含まれなくなったからだと思う。

 

何度となくこのブログでは言ってきたけど、自分は現在ニートだ。

今まで自分の考えの上では世の中無職やニートになる人だっているし仕方ないよなって思っていたが、実のところでは心のどこかできっと

 

「自分は正社員でまっとうな社会人だけどね」

 

という優越感のようなものを持っていたのだろうと思う。

会社に対してはともかく、正社員という立場に帰属意識のようなものを持っていたように感じる。

あれだけ会社から散々な待遇を受けていたにも関わらず、である。

いや、むしろその優越感を維持するためにその待遇に耐えていたのかも知れない。

 

そして、ふとした瞬間に自分が優越感の柱を失っていたことに気づいたんだろう。

こうして心境の変化を文章にしていると、本当に今までの自分を恥ずかしく思う。

 

今までは要するに自分の中で"社会人"の枠の中におさまらない人を差別してきたことになる。

しかし情けない話だけれど、自分が今まで"社会人"ではないと感じていた状態に陥って劣等感を持ちながら生活するのはとても耐えられそうにない。

 

なので自分の中の"社会人"という言葉の定義を再構築し、改めて考えたいと思う。

 

 

新しい社会人を定義しよう

勝手に自分の定義した言葉で劣等感を持っていても仕方ないしね。

 

まず社会って言葉はどういう意味なんだと。

人間の共同生活の総称。また、広く、人間の集団としての営みや組織的な営みをいう。

社会(しゃかい)とは - コトバンク

 

まあ何か色々と難しいことも書いてあるけどこういうことなんだろう。

つまり今までの自分は社会という人間の集団としての営みにおいて一定程度の貢献ができている(と思われる)人を社会人と呼んでいたわけだ。

 

じゃあ今まで自分が"社会人"だと思っていなかった人たち。

学生や子供、無職やニートなどは社会に対して何も貢献をしていないのかというと、そんなことは決してない。

 

学生であれ子供であれ何かしらの活動を通じて社会には関わっているのだし、たとえ無職やニートであっても生きていく消費活動を行う。

社会における営みとして生産性ばかり目がつくが、消費するだけの需要がなければ生産が成り立たないのも事実であり、たとえ家に引きこもっていたとしても消費するだけで社会に貢献しているということである。

 

つまり自分が家でニートをしていても消費という方法で社会に貢献していると言える。

そう思わないと気持ちの整理がつかないということでもあるんだけど。

 

 

 

ニートになって、自分の嫌なところと向き合うことができて・・・

そういう意味ではニートになってよかったのかも知れない。