違和感を吐き出せるように

おかしいな、と思うことを口にすると周りから煙たがれるので。

働くのは好きですか?

あなたは働くことが好きですか?

 
僕は嫌いです。
もはや病的なんじゃないかと思うほどに大嫌いです。
 
僕は特定の宗教を信仰してはいないので、輪廻転生や審判の日の後に生き返る等とは信じていません。
つまり人生は一度きり、今この日この時は一度しか無いと思っています。
 
それなのに一度きりの貴重な、有限の時を自分の嫌いなことに使わなければいけないのが理解できません。
 
働くということに楽しさを見出だせたこともありません。
 
まだ他人の役に立てていると少しでも思えればいいのですが、基本的に性格が自己中心的なので他人の為なんて興味が無いです。
 
そもそも今までしてきた仕事が、本当に社会の、人の為になってると自信を持って言えるものがほとんどありません。
 
工期や予算のために手抜き、隠蔽、ごまかし、暴力や暴言。
建つかどうか、施工するかどうかも分からない物の数量算出。
防水性よりも工期の為に、仕様すら守られず塗られた防水材。
イヤらしい嘘の笑顔を貼り付けて、客に提供される不健康な食事。
 
あげくの果てに鬱。
 
どれも本当に必要な、貴重な人生の一時を消費してまでしなければならないこととは思えません。
 
では何故そんなことをしなければならないのか、簡単なことです。
お金という、この社会で生きていくために必要な物を得るためです。
お金が無ければ僕らはこの社会で生きていけません。
大金を稼いで贅沢をするためではななくて、ただ産まれて生きていくためだけに働かなければならない。
 
産まれてきて、ただ生きるために嫌なことをして、そして死んでいく。
これで果たして生きている意味があるというのでしょうか。
 
人生には楽しいこともたくさんあると楽観主義者は言うでしょうが、その一時の楽しさのために苦しく嫌いなことだらけの人生を受け入れろと、暗に言っているとしか思えません。
なぜ楽しいことと苦しいことをイーブンにしようとするのか、僕には全く理解できません。
 
ここまで書くと生活保護を受ければいいと言う人もいますが、世間からの非難や嫌悪感が強い生活保護を受けている状態で、それが苦しくないとでも思うのでしょうか。
今受けている傷病手当ですら時々クズのように扱われ、怠け者なだけだと言われるのです。
 
しかもバッシングを受けながら受給した先に待っているのは最低限度の生活です。
結局はそれも生きていくのにギリギリの最低の生活を送れるだけに過ぎません。
 
ここまで言うと次は無いものねだりだ、根性が無い、わがままだと言われるでしょう。
そこで僕は思います。
 
なるほど、自分の考えはこの社会に適さないんだと。
生きていくために働くことは当然で、働くことが嫌いな自分は社会にとって、不要な存在なんだと思い知らされます。
 
ではどうすればいいのか、答えは一つしか無いです。
死ぬということ。
 
別に産んでくれと頼んで産まれてきたわけじゃない。
個別に見れば僕に死ぬなと言ってくれる人もそれなりにいるでしょうが、その人たちも参加している社会そのものが、僕に死ぬという選択肢を選ばせます。
 
本能と、人間関係が無ければ今すぐに。
 
 
 
 
 
というような考えが、布団の中でいつまでも寝れずにグルグルと頭の中で回り続けている日がよくあります。
 
大丈夫、まだ死にません。
 
でもここに書いた考えを覆して、生きたいと思えるような理由もあまりありません。
今は色んな人に支えられて、一緒にご飯を食べたり、どこかに走りに行ったり、話を聞いてもらったりして何とか生きてます。
 
今日も僕は社会不適合者です。