違和感を吐き出せるように

おかしいな、と思うことを口にすると周りから煙たがれるので。

働くのが「嫌」なんじゃなくて「怖い」なのかも知れない。

どうも、ここ最近の気分の乱高下がひどいミニです。

色々心配してくれる方もいて連絡ももらってありがたいのですが、もうしばらく落ち着くまで待ってもらえると助かります・・・すいません。

 

 

 

この夏で前の会社を退職してほぼ1年になります。

この1年を思い返してみると、気分が良くなって少し働いてみては気分が落ち込み、また良くなっては旅行に出てみて帰ってきたら落ち込み・・・というのを繰り返している気がします。

 

特に旅行に出てる間は現実逃避がはかどっていいんですが、帰ってきてからまた直面する現実の生活とのギャップで余計にしんどいような気がします。

 

minivulcan.hatenablog.com

 

以前に書いた記事ですが、ずっとこの考えが頭の中でグルグルと回り続けてるんですね。

誰かと一緒にいると少しマシなんですけど。

結局この「働かないのなら死ぬしかない」って考えに答えが出ないのでどうしようもないですね。

生活保護スティグマに苦しみながら生きたくないし、そもそも受給に際して車もバイクも無くなってしまったら、それこそ生きがいを失ってしまう。

 

こんなこと書いてると「みんな頑張って働いてるんだからお前も頑張って働けよ」って声が聞こえてきそう。

今まで3社で約7年ほどずっと働いてきて、もう生活が、人生が仕事一辺倒になるのは嫌なんだよ。

そこは誰になんと言われようともうトラウマみたいなもんで。

 

この社会には金稼ぎのためなら平気で人を殴るし蹴るし、暴言も浴びせるし、何十時間何百時間と残業徹夜させても平気な人たちばかりだと知ってしまって。

 

もう社会が怖い。

 

ごく一部のサイコパス的な人がいて・・・というわけじゃなくて、普通のその辺にいる人の良さそうな家庭を持ったサラリーマンが「仕事」という大義名分を掲げて僕に殴りかかってくる。

 

しかもそれを社会も、行政も仕方ないぐらいにしか思ってない。

それがネットで見聞きした知識だったならともかく、自分自身で嫌というほど味わってきてしまった。

もちろん優しい人もいるのは分かってるけど、社会のメインストリームはそうじゃない。

今まではただ嫌だ嫌だと思って、その理由を屁理屈こねて書いてたけど。

 

自分の内面を見つめてみると根本にあるのは「怖さ」しかないんだよな。

 

みんな誰しも怖いものってあると思うんだけど、高所だったりホラーだったり。

身近に高所恐怖症の友達がいるからそれで言えば、周りからふざけて高いところに「登ってみろよ」って言われることはあっても、「登らないと殺す」とは言われないわけじゃないですか。

それに毎日登れと言われるわけでもないし、「登ってみろよ」って言う方もそこに行けば珍しい経験だったりきれいな景色があるから登ってみたらというわけで。

 

でも「高所」を「仕事」に置き換えるとなぜかみんなが登れ登れって煽ってくるんだよ。

しかもその高所は安全なところもあればいつ崩落するかも分からないような断崖絶壁だし。

その高所から落ちて死ぬ人もこの国では大勢いるし、落ちかけた人も身近に知ってる。

自分だって足を踏み外しかけて安全帯が無ければ危なかったって感じなのに。

 

そして登れないやつは「クズ」だ「努力が足りない」と、登れないなら登れるように訓練期間あげてもいいけど、それを過ぎても登れなかったら保護受けて一生バカにされるか餓死か選んでねと。

 

アフリカの原住民の成人の儀式となんら変わらないよね。

 

怖いものは怖い。

 

でもやっぱり考えても考えても、怖さを克服できない奴は死ぬしかないんだなって考えから逃げられない。

どうしてこんな人間になってしまった。