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違和感を吐き出せるように

おかしいな、と思うことを口にすると周りから煙たがれるので。

僕が見てきた建設業

 昨日ツイッターで「提出」という言葉を見てドキッとしてしまいました。

前職では常に提出日に追われていたので、その時の記憶が少し甦って嫌な気持ちに。

 

このブログを書いてもうすぐ1年。

一番初めの記事で僕の以前の仕事についてざっくりと書きましたが、正直これでは書き足らない。

あちこちで建築関係はひどいと何度も言っていますが、もっと具体的に良いところも悪いところも書いてみようと思いました。

 

僕が実際に働いてきた会社、僕の身近な知り合いが働いている・いた会社について書いて、もし建築関係の仕事に就きたいと思う人がいたら一度見てもらいたいと思います。

 

 

 

0社目 D設計事務所 インターンシップ

 

0社目としたのは、これは僕がまだ工業高校建築科3年生の就活が始まる頃の話しだからです。

僕はその頃京都の町屋の再生に興味があって、就職もそういうことをしている設計事務所にいきたいと思っていました。

直接訪問して就職させてほしいと申し出て、基本的に大学生で英語が堪能な人しかとらないのでインターンならと言われました。

最終的には内定を頂き、リーマンショックにより内定取り消しとなりましたが、それまでの過程は学生には厳しいものでした。

 

まず毎週末休みは現場のお手伝い。

現場ではずっと掃除、片付け、掃除、片付け・・・。

テスト期間中は午前中でテストが終わるとそのまま現場に行って、作業して帰ってきたら勉強してまたテストを受けてと、よく卒業できたと思います。

そこはまだいいけど、インターンの条件として昼食代と交通費は出すよって話しだったのですが・・・最初の数回だけで後は全く出ない!

平日は学校に行って終わるとバイトに行き週末は現場の生活を、半年ぐらい続けました。

 

結局そこで働くことは叶わなかったのですが、そこでの仕事は素晴らしいものだったと思うし、自分が携わった仕事に誇りが持てる素晴らしい建築でした。

 

 

 

1社目 A建設

 

上記の会社での内定取り消しがあったのは2月の末、もう卒業式を控えたころでした。

急いで高校の求人票を見て面接を受けます。

僕は元々ぜんそく持ちなので現場仕事は避けていたんですが、インターンで現場に出ないと何も分からない・知らないことだらけだと痛感したので現場監督の会社にしました。

 

入社したA建設でも始めは掃除と片付けからでした。

それに現場での工程写真が増えましたが、それ以外に何をすればいいのかが分かりません。

「何をすればいいですか」と先輩に聞いても現場に出ておけと言われるので、ひたすら現場の掃除、写真、後は職人さんの手伝いをして、現場が終わって事務所に帰ると書類整理と工事写真をまとめていました。

入社して1ヶ月ほどでしょうか。

「お前には新人らしいがむしゃらにやってやろうというやる気が足りない」

と1時間ほど怒られました。

何をすればいいのか教えてもらえない中で、自分が分かることは頑張っていたつもりでしたが、なぜ怒られたのか良く分からないままでした。

 

その後も夏休みの工事では毎日朝7時から23時ぐらいまで、2ヶ月休み無しで働き続けました。

上司に看板について確認しようとして

僕「Hさんすいませんちょっと教えて欲しいんですけど」

Hさん「お前誰に向かって口聞いとんねん」

と怒られたのを思い出します。

 

その後も打ち上げ帰りに駅で、先輩がHさんに怒られていてその少し後ろにいると

「お前なに笑ってんねん」

と言われながら思いっきり殴られたこともありました。

もちろん誰かが怒られているのを横で笑って見ているような人間ではないし、理不尽さを感じながら先輩と鼻血を手で押さえて電車で帰ったのを覚えています。

 

あとは僕の同期がNさんと一緒に仕事をしていて、あまりに怒られすぎて

「お前のすみませんはもう聞き飽きたから黙ってろ」

と言われて「申し訳ありません」しか言えなくなっていたのを、僕は横で黙って聞いていることしかできませんでした。

同期はCADで図面を書くのに元になる図面をもらえずゼロから書かされていて、僕は黙って見ていた罪悪感から、上司のパソコンから元データをコピーしてきて二人で徹夜で仕上げたりしていました。

僕は色々と怒られつつもなんとかHさん、Nさんに気に入られていきましたが、同期は少し要領が悪いというか不器用なところがあったので、見ていてつらかったです。

彼はその数日後「もう辞める」と言って夜中に突然退職届を書き始めたので、僕は彼の荷物を片付けて、こっそり辞める手伝いをしました。

 

段々と仕事には慣れていきましたが、全く自分の時間の持てない生活が続きました。

土日も関係なく、22時頃で帰れれば嬉しいと思うほどで、それだけ仕事詰めなのに、金銭的には厳しい状態が続いていました。

まず残業が毎月100時間以上あるのに残業代が出ません。

それに車が無いといけない現場も多いのに、上司は会社支給のETCで僕らは電車の定期代しかもらえません。

毎日大阪から滋賀県まで高速で通勤することになった時には、交通費だけで給料がどんどん無くなっていきました。

 

自分一人で現場が回せるようになった頃、友達からうちの会社に来ないかと誘われて辞めることにしました。

現場の工程管理などについては一人でできるようになったのに、見積もりなどのお金に関しては全くやらせてもらえなくて不満でしたが、去年上司だったHさんとNさんが現場のお金を何千万と使い込んでいたのが会社にバレてクビになったと聞きました。

 

 

 

2社目 K積算事務所

 

もう多いので、積算事務所と職人についてはまた次の機会に。